銀座のヤマハ

今日は銀座のヤマハに行ってきた。
銀座のヤマハに行ったのは何年ぶりだろう?

以前とはなんとなく、いや全然違うんですけど、、、。
そのようなことはいい。
銀座のヤマハ。横浜のヤマハより、もっとなんでも売っているに違いない。
そもそも地価からして横浜のヤマハとは比較にならない(高級?)ヤマハ。

その期待違わず、見たことないヤマハの(ヤマハで売ってるんだから当たり前だけど)デジタルピアノに遭遇。
マトモ、鍵盤だけで5万円ちょっと、っていうピアノ。
「これ本当に、鍵盤だけのお値段ですよ。台は別売りです。」
とのことだが、ナニうちのセカンドピアノとしてはそれでいい。
今のセオリー、聴音の学習をする机の上に置けばいいのだ。

買わなかったけれど、検討の余地アリ。

楽譜売り場は更に大掛かり、オケのパート譜まで売ってます。
だものわたしが必要とする楽譜はすぐさま発見。
ヨハンセバスティアンバッハの平均律1巻。
思惑通り、いくらでもいやというほど、版が揃っております。
平均律いかに制覇するか?の攻略本まで売ってて。良いわ。煮詰まったらこの本も買うわ。

平均律ともなると場合によっては攻略本必要となるかもしれない。(本日これ買わなかったのは予算というものがあるからだ。)

わたしが本日もとめたのは

やはり原典版にした。
自筆譜と手写稿に基づき、校訂ヴァルター・デーンハルト 運指法デートレス・クラウス。
つまりだ!日本語で解説が付いている。
だから音楽之友社版いいって!ヘンレ版やペーター版他の作曲家ならいざ知らず解説して欲しい楽譜ではわたし的にとても不利なのよ。

ドイツ語や(短大で第1外国語で高校でも必修だったけどさっぱりわかりません。)フランス語は全然分からず、辛うじて英語が読めるがその読解の速度たるや新1年生の日本語読解力といい勝負じゃないか?って、お粗末さ。
わたしが天性外国語読解のセンスがないにちがいないのだが、いーえ、それだけじゃあるまい。
若かりし頃の勉強不足のツケ。ドイツ語だって、真面目に勉学してれば今頃はドイツ語解説だって読めるくらいの語学力がついたかもしれない。

若者よ。外国語を勉強いたしましょう。

だが、解説付き原典版を我がものとした今、違う版も見てみたい気する。

↑これは値段が安くて助かる全音出版の平均律なのだが、わたしが大昔持っていたインヴェンションとシンフォニアは全音版はツェルニー版だった。
なので平均律もツェルニー版なのかと思ったら、なんと!世の中は進み全音出版も進化を遂げているらしい。

原典版から標準版(てなんだ?)このクロール編というやつ。
6月から木曜日が休養日となったので、再度ヤマハにに行ってよーく観察する必要がある。
攻略本と標準版くらいは揃えたほうがいいかしれない。

だんだんわたしは平均律のコレクターとなるであろう。
そのうち、スタジオラッキーキャット蔵書の印を作ろう。

今日は平均律は音楽之友社版だけにしといて(予算があるから)勉学に部活に頑張って、ピアノもやめずにいてくれる中学生生徒が好きな音楽。
米津玄師。
なんだそれ!?よねづって料理の材料か?と、その手の音楽に疎いわたしは叫んでしまったが、米津玄師もちゃんと揃えました。
lemonという曲は売り切れていたので

ピースサインと、

打ち上げ花火。
きっと素敵な曲でしょう。
フェアリーという会社がピアノ譜出しています。
練習しようっと。

平均律について詳しい進捗状況はここで後日報告しようと思います。
わたしの休日も今日で終わり、明日からレッスン開始。

平均律からショパンエチュード、冬の発表会のためのクリスマス(チャイコフスキー四季)そしてピースサインと打ち上げ花火の練習も開始です。





バッハ平均律10番2声のフーガ

かつて横浜市では広間演奏会という催しがあった。
今でも開催されているものか?

興味を持ったのは演奏会に聴衆として参加しよう。と、考えたわけではない。
出演者を募集しているかを知りたかったのだ。

再度音楽教室を始めるに当たって、これからの教室はブランド化を目指せ!
というご意見が尤も。と、思い。ではうちもブランド化いたしましょう。

だが、わたしのブランドって何だ?
残念ながらわたしは超難関の音大出身じゃないし留学経験もコンクール入賞経験もない。
「人間教育も行っております。」と、胸を張れるようなキャラでもない。
保育園、幼稚園の先生の資質もあまりないのでリトミックの指導も出来ない。

思いついたのは弾けること。
だが、これの欠点は自己申告ばかりじゃアテにならぬ。と、考えられること。
したがい、どっかで弾いてみせよう。

発表会でまずは次こそ弾くことだが、これは年に2回、横浜音楽研究会というところに所属していて発表は行うが、これは内輪。(ついでに発表会だって内輪だわ。)
そこで思い出したのがカノ広間演奏会。
さて、オーディションやってるか?!

ったら、やってたv(=^0^=)v
年齢制限は上限はないみたいなので受けに行くことはできそうだが、なんと日程は6月。
来月か?!なんとかならないか?!
Σ(|||▽||| )ダメ、とりあえず今年は諦めなきゃダメだ。

課題曲が平均律のフーガだと\(◎o◎)/!それも暗譜。
弾けないの?ってことないわ。弾けるわ。
だが、来月じゃ間に合わない。




この演奏会のオーディションについてのことは後日に譲るとして、平均律、一時はよもや2度と弾くことも指導することもないであろう。と考えていた。
ピアノの旧約聖書。らしい。

来年、このオーディションが行われるか定かでないし、課題曲はわたしを裏切り平均律でないものを出題するかもしれない。

だが!チャレンジするのだ。(平均律暗譜するのか?!時々わたしってつくづく懲りない人だと思う。)
このような場面で平均律のフーガを暗譜して弾け。と、いうことは違う場面でもきっと平均律と関わる場面があるに違いないのだ。

では、何曲かの出題の中でわたしが弾いたことあるやつから制覇しよう。
10番のフーガホ短調。
この曲1巻の中では唯一2声。
勇猛果敢にわたし5声のフーガに挑戦したこととてあるが、平均律から離れていた今声部の少ないやつから取りかかる。

2声ってなんのことよ?!はね。平均律はプレリュードとフーガがワンセットになっている。
プレリュードはフーガの前座で特別に何声。というとはないのだが、フーガの方は2声だと右も左も類型のメロディーとなる。
動機となるメロディーから始まって、それがある程度のケリがつくと5度上の音から左手でそのメロディーが始まる。
そこから複雑怪奇な展開となり、声部というように両方が声であるかのように語り合うのだ。
手は2本あるので2声だと、間に合う仕組みとなるが、3声だと片手が2つの旋律を担当することとなる。

練習するは1声部ずつ弾いていくのが鉄則。
困ったことに1声部づつだとなんとか弾ける。
4声だと4回、5声だと5回となるが、これを合わせる段階になると3声でも(本当は2声でも)うまくいかない。

だって全声部旋律の切れ目が違うんだよ。うまくいく筈ないじゃない。
そのように開き直るワケにはいかないので合わせるが、4声、5声となると縦線合わせるだけで精一杯になる。
フーガなんだから横の流れ意識しろ!って言われても、、、無茶言うな!!

4声、5声の苦労はさておいて(2声から始めるんだから)どこの版でもかまわぬ。
というお達しもある。

楽譜なんてどこでも一緒でしょ。というのは大抵は当たり。
ペダルの位置が若干違ったり、モーツァルトのトルコ行進曲だと、シラソラが多分モーツァルトが書いたとおり装飾音符で表されてる版も、全部16分音符で表記している版もある。
が、そう大きくは違わない。

ところが、ヨハン・セバスティアン・バッハ大先生の曲は音符位置は変わらねど、版によって違うのだ。
モーツァルトの時代は今のピアノより軟弱ながらもピアノという楽器は存在しモーツァルトピアノソナタはピアノのために作曲された。
もっとも88鍵ではなかったらしい今のピアノより小さいピアノ。ながらもピアノはピアノであった。

だが、偉大なるバッハの時代はピアノそのものがなかったのだ。
そう言うと、それじゃどうしてたの?
と、尋ねられるのだが(ははは、おもちゃのピアノだったんだよ。)この頃はピアノの前身のハープシコードとかクラヴィコードと言われる鍵盤楽器でそれらの曲は演奏されていた。
どんな音かというと、デジタルピアノ持ってる人はハープシコードの音が入ってると思うので聴いてみましょう。

でまた、このハープシコードその他の楽器は今のピアノのように黒くノッペラボーではなく様々な装飾が施されて美術品としての価値は高かったんだろうけれど、強弱はほとんど付けられず鍵盤楽器としては今のピアノの進化前の形態。
小さく軽い楽器だったに違いない。(わたしはこの手の古典楽器弾いたことがない。)

しかもピアノのように標準規格なかったので2段鍵盤のヤツもあり。

なので、現在のピアノで弾くために編纂(この字は書けない!なので自筆するときはひらがなで書く)が行われたのだ。
その版は多数存在する。

この広間演奏会のオーディションは誰が編纂したのでもはたまた原典版を用いても暗譜して弾けば良い。ということだ。

わたしが持っているのは春秋社版。

これの↑の1巻。楽天に2巻しかなかった。井口基成 校訂版。

原典版にはないはずのフォルテもピアノもレガート、スタッカートの指示もついています。

では、この版で1声体ずつ弾きましょう。
ここで困った問題発生!
allegroこれはいい。出だしフォルテ。これもいい。
次(non legato)なんだって!バッハがそうしろ。って言ったのかい?言うはずはない。いやわからない。
バッハは1750年にしんでしまった。

わたし、このフーガ、ノンレガートで弾きたくないのよ。
ときたま、全てノンレガートで弾きたくなるバッハ曲というものがあって、その時ついていた先生に「スタッカートで弾いたの?」
と尋ねられ、「変でしょうか?」と言ったら「好きにすればよろしい。」(@^▽^@)
だからいいじゃないか!

ではない。これはレッスン受けに行くんじゃない。オーデションだ。
どこの版か書き込む欄があるに違いないのだ。選出した版に忠実に弾いているか審査するのかも知れない。

なので、ノンレガートの指示のない版を探そう。
ちょうど明日から連休、わたしは大人の生徒さんのお友達の絵の展覧会が行われている銀座に行く予定がある。
銀座のヤマハに行って、わたし好みの編纂の版を探そう。

この場合は直接楽譜売り場に行くに限る。
楽天やAmazonに電話して平均律の10番のフーガ、ノンレガートの指示のない版ありますか?
って、聞くわけにはいかないだろう。
何聞かれてるんだかわからない。っていう可能性のほうが大きいわ。

ヘンレ版が、多分原典版と思う。
だが、ヘンレ版の欠点は日本語解説ついてない上に値段が若干高い。

とにかく楽譜が山をなしている銀座のヤマハに行こう。
もしかすると違う編纂の班を幾つか買うかも知れない。

わたしと平均律とのご縁は当分切れそうもない。





平均律ニ短調のフーガと既視感

奇妙な既視感。というもの感じるとき。
それが、平均律のフーガに絡んで来ることがあるって?何?

それ以前に平均律のフーガ、嫌いなわけではないけれど、、。
あんまり披露したいとは思いません。

誰もいないところで密かに弾いていたいのが平均律、そのフーガの方。
うううっ(><)組曲のサラバンドのようなわけにはいかない。

シューマン苦手だけれど、フーガも苦手だ。

ところが、わたしではなくさる試験があるので平均律のフーガ弾く。
と断言した生徒がいた。

「やめな。」
即座にわたしは助言。
わたしの名誉のために釈明いたしますが、わたしはフーガ指導するのなんて嫌だ。
とか、自分が弾きたくない曲生徒に弾かせない偏狭な人間だ。

というわけじゃありません。

やめ、の助言したのはその少女、派手な指さばき、指動きで人々を魅了かつオドすタイプ。
フーガがマッチするとは思えない。

他に出ている三択課題、モーツァルトのピアノソナタK.533ハ長調の一楽章、もしくはベートヴェンピアノソナタ5番Op.10Nr.1弾いたほうがいい。
これを古典派らしく、端正に弾いてキチッと強弱付けて指定のテンポどうり弾いて華麗な指さばきをアピールしたほうが戦略上効果大と思う。

だが、少女は是非6番ニ短調のフーガにチャレンジしたいと言う。
わかった。チャレンジ精神は認めよう。

ただし、辛いわよ。覚悟して。

では、まずはフーガというのは遁走曲という冗談みたいな日本語が表すが如く、メロディーに対してコードつまり伴奏がついている慣れ親しんだ形態の曲ではない。

ニ短調のフーガは三声、同じ動機からなるメロディーを三声体現れるのを弾いていく。
なので、1番上のメロディーだけ弾いて、次真ん中のだけ、最後1番下のメロディーを弾く。

全部が流れるように弾けるようになったら、合わせるが当然部分によっては三声体いっぺんに弾くので分解して弾いていたときとは指使いが変わる。

更に、トリルは解説通りに弾く。それも厳正にテンポを保持して、ロマン派曲のように気分的感情的にノリでトリルを入れるのは厳重NG。

そして声部バラバラに弾いて調子よく弾ける(*´∀`*)と、思って舞い上がるとフーガは陥穽に陥る。
三声体なんざ楽勝だ( ̄∀ ̄)と、思うと悪夢が始まるフフフ、、。(五声のフーガ弾くのなんて神業だわよ。)

(内心)あーあ、これ試験で弾くのがわたしじゃなくて良かった、、。え、、なにこれ不思議Σ(゚д゚lll)

三声別々に弾くの、面倒すぎるから右左別で半分まで出来た。
あの、、。( ゚д゚ )前途多難。

仕上げたけど、暗くて何だか派手さに欠けてる。そーよね。
だからベートヴェンのハ短調のソナタにしろって言っただろうが。

だが、せっかくニ短調のフーガ仕上げたのだからこれで持っていくしかない。

でね。
なんだか不思議な既視感。

あれ、いつの場面どの曲だったか?
わたしが弾きます。と、言って張り切っていたのを、わたしの先生「ホホホ、わたしが弾くんじゃなくて良かった。」って。

このようにピアノレッスンの運命の輪も回り回って巡って行く。
不思議な既視感は、少女に近い頃の生徒だったわたしだったのだ。