ショパン スケルツォ2番 

わたしは昨日、ある楽譜を出してとある箇所に目を留め青ざめた。
この和音アルペジオにしないで弾けたのか?

それがこの赤丸の和音。

この曲はショパン作曲スケルツォの2番。6小節め。

この赤マルは画像加工ソフトでマルつけたがそれ以外のマルはもともと楽譜に書いてあったマル。
新品の楽譜にこのようなマルがある筈はないので、これはかつてわたしがレッスン受けていて注意を受けたマルで、タイのついた後ろの和音を早く離してしまうため「ちゃんと3拍子いっぱい弾きなさい。」
のマル。
「あんたリズム感わるいわねー。」「そっか!?そうでもないと思う。この曲がPrestなのが悪いんだ。」みたいな感じ。もちろんわたしはそのような感想を先生に口に対して出しては言いません。

ちゃんと覚えてるじゃないか!(^-^)

でなんでこの画像加工ソフトでつけた赤マル和音見て青ざめたかっていうと、この確かに下のシフラットド、下から3番目からのミフラット、ソフラット、シフラットを分割して弾いた、つまりアルペジオにして弾いた覚えはない。

ということは、この和音わたしの手の大きさで掴めるのか?
問題解決は簡単、ピアノで弾いてみればいい。

なんのことはないアルペジオにしないで弾けます。
この曲はフラット5つの調。長調なので変二長調Dフラットメジャー。

意外に楽々掴めます。

なんで突如、悩んだかというとスケルツォの2番再度仕上げてコンサートで弾こう。という野心を起こしたわけではありません。
レッスン中に参考資料として転調に至る箇所を見せたくてたまたまスケルツォ集を開いたのです。

手の小さめなわたしは時として盛大な和音については悩むので、この和音に目がいったのです。
なんで、左手の全指を使う5音の和音以外に簡単に掴めたか?

それはこの曲が変二長調だから。
なんでだ?と、いうのは変二長調というのはドとファ以外全部フラットがつくのです。

このような華麗かつ、過激な和音を弾くにはフラット、シャープがいっぱい付いてた方が楽なのです。

今現在わたしが、革命のエチュード仕上げていて妙に華麗なる属七たちに苦労させられているのは、このエチュード調整がハ短調。
ハ短調はフラットが3つ。なんとも半端な数。
半端な数のフラット、シャープがつくと自ずと白鍵、黒鍵のデコボコが大になる。

デコボコが増えれば、掴み損なう和音も増える。

ですが、フラット5つの調。スケルツォの2番が簡単だ。という意味ではありません。
この曲長い上に大変手こずりますので取り掛かるには要注意曲ではあります。





ですが、わたしは幼少の砌よりこの曲には憧れがありました。

今風の家とは違い、かつてわたしが住んでいたわたしの実家は洋間、もしくは応接間と称する部屋があり、そこにピアノ、ステレオ、ソファとコーヒーテーブルが応接セットという名称で完備し、その上カップボード(当時はそう言わなかった!)レコード入れが置いてありました。

奇跡のようにそのレコード集の中にショパン作曲スケルツォ2番が収録されたレコードがあったのです。
わたしはこのレコード再生し、雷に打たれたごとくなんとブリリアントな音楽なのであろう。

これはピアノ曲だ。
きっとそのうちピアノで弾いて見せる\(*⌒0⌒)♪

ですが、その当時のことあんまり聴くとレコードが磨り減るから、とか、応接間で遊ぶな。とか、その頃のステレオ、レコードが高価なものでレコード鑑賞というものは遊び半分に行うものではない。
という、理解なき大人たちのためにそうは頻繁に鑑賞するわけにはいかなかったのです。

話は逸れますが、そののちわたしは音感に無さにとても苦労するのですが、そのような環境下では今の若い者、子供のように音感がよくなる筈もないじゃないか。
わたしが音感がないのはレコード盤が擦り切れるのを恐れて、わたしがステレオを壊すのを恐れて音楽を頻繁には聴かせてくれなかった親が悪いんだ。

そのような幼少日々から幾歳月。
その頃ついていた先生のもとじゃ、スケルツォまでたどり着くのは遠く、とうとうスケルツォ2番を弾いたのはずっと後の話。

子供が保育園に通っていた頃、お子様向けコンサートでわたしはこの曲を弾きました。

そのことだけならともかく、わたし随分無謀なことやらかしたものだ。
と、今になれば関心しつつ呆れたのは、譜読みから1ヶ月半で仕上げて舞台に上がったのです。

今はそのような無謀なことは絶対致しません。
それだけ少女の頃の衝撃が大きくて、絶対やってみせる\(*⌒0⌒)♪
のノリでやってしまったのですが、それが出来たのは横浜市のおかげ。

横浜市の保育園はうちの息子を措置児として入園させてくれたのです。
なので、練習する時間をなんとかして確保出来た。

そのわずか数年後、わたしが演奏活動諦めたのは息子が小学生になったからです。
その頃は今のような学校にそのまま残る学童保育のクラブがなくて、学童保育といえばマンションの1室に放課後小学生たちが集まって行っていた。

うちの息子にはそのような学童保育が合うとは思えず、本人も嫌だ。と、言った。
最近になって、息子に確認。今のような学校に残るタイプの学童保育なら良かったか?

それならば入りたかった。と、のこと。
小学校は午後3時ころ終わってしまう。
夏休みは長い。

なので、わたし演奏活動はおろか、キャパいっぱいになってるわけでもないのにその頃の音楽教室も生徒募集をやめてしまったのです。

時々ネットで目にする。おうちで出来る仕事ならば通勤もしなくて済むし子供とも一緒にいられてラッキー。
ってのもそうはうまくいくもんでもないと思いますよ。





投稿者: pianoclass

横浜でピアノ教室を主宰中。猫3匹を所有しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です